好きには才能があって、僕には才能が無い。他人の好きの才能に劣等感を感じているって話。

近況もいろいろ話したいところですが、楽しいことなんかないのでどうでもいいことをブログに書くやつ。

僕はそこそこにオタクで、大阪で「ダメ系バンド」っていうコミュニティに出入りしています。当然、周りはみんなオタクですから好きな作品のことだとか、好きな音楽のことだとかを目を輝かせて話しているわけですよ。

そこでよく出てくる表現があります。

「泣いた」

この表現を見るたびに、僕は「好き」の才能の無さに絶望します。

いや、「好き」の表現なんて人それぞれだよー。ってのはわかるんですよ。わかったうえで、辛い。

この回泣いたわ。神回!!

この曲いつ聞いても泣けるわー。

この映画のラスト泣けるよねー。

etc…

そんなに泣くのが偉いのか!!!
って思うのです。

「泣いた」っていう感想を誰かが言って、「わかる」って誰かが同意した瞬間に、もう僕はその作品に対して語る資格が無いように感じてしまう。ていうか、実際無いと思うんだ。

「泣く」っていう最上級の感想をぶつけ合ってる中、「このセリフがよかったよね」とかいったところで、彼らからしたら「は? それも包括しての「泣いた」なんだけど。てか、それ以外に語るところが無いんだったら黙っててくれる?」って感じじゃん。実際オタクってにわかに厳しいし。

ってことを寝れなかったから書いてみたくなったんだ。
最近寝れないから変なことばっかり考えちゃう。

1 COMMENT

たか

LINEで登録していました。
トークメッセージを受信して、何かコメントをお返事出来ないものかと思ってこちらに辿り着きました。
いつも楽しいゲームを無償でご提供頂きありがとうございます。
こちらのブログ?でしょうか、中身をちゃんと読まないまま、LINEのコメントに脊髄反射のように書き込んで申し訳ありません。
なんの足しにもなりませんが、いつも応援しております。大ファンです。
有料になったとしても購入させて頂きます。
またアプリをご提供頂ける日を気長に待っておりますので、決してご無理をなさらずお身体ご自愛ください。

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